心に絆創膏を

パートナー、部活の友だち、先輩と電話でたくさん話しました。

今まで抱えていたものを、だいぶ外に出すことができました。

一度言葉にすると、自分ではせきとめられなくなって、言葉や思いと一緒にたくさんの涙が出てきました。

ずっと表面張力であふれずにいた水が、ふとした拍子にこぼれて、止まらなくなるような、そんな感じでした。

 

今までは、思いを言葉にしてはいけないような気がしていました。

周りには、もっと過酷な状況の方がたくさんいて。家を流された親戚もいます。津波を目の前で見た親戚もいます。

それに比べると、私はまだ恵まれている。実家もちゃんと建ってるし、命もある。怪我もしなかった。毎食食べれている。

そして、辛いけれど、みんな一生懸命に生きている。

貯めた雨水で体を洗い、ゆで卵を作り。

母も父も、家のことも気になるけれど、もっと被害の大きかった地域へと働きにいきます。

被災の度合いによっては、出勤できない方もいらっしゃいます。

そういった方の穴埋めもするべく、いつもよりも少ない人員で、いつもよりも何十倍も過酷な状況の中働いてくれています。

看護師の母と土木業の父。

被災後の仕事が圧倒的に増えているのは、想像に難くありません。

弟と妹も、次いつ学校に通えるか、その目処はいまだに立っていません。

体育館では収まりきらず、教室に避難されている方もいると聞きました。

辛いのは私だけではないし、なんならまだ恵まれている方だという自覚もあり。

みんながいろいろな思いを抱えながらも前を向いて進んでいるのを見ていると、泣けなかった。

自分だけ泣いてはいけない気がしていました。

自分が泣くことで、みんなの心のストッパーも同時に外れてしまうような気がしていました。

一生懸命に外れないようにとふるまっている様子を見ているからこそ、自分がストッパーを外すわけにはいかなかった。

 

けれど、そういった話もパートナーとしていると、思わず泣いてしまいました。

子どもみたいに、しゃくりあげて泣いてしまいました。

 

それをパートナーは、「うんうん」と静かに聞いてくれて。

電話越しではあっても、背中をさすってくれている気がして。

 

話していてもとてもしんどいけれど、そうやってただただ聞いてくれているのが、本当に嬉しかった。

支えてくれる人がいて、本当に助けられました。

 

自分も、人の痛みに寄り添える、傷ついた心に絆創膏を貼ってあげられるような人になりたいと思いました。

ありがとう。