昨日、大学1年のときに同じクラスだった人とサシ飲みをしてきました。
近況を話したり懐かしい話をしたりしながら、お酒を飲みました。
話の中には「そんなことがあったの!」「初めて知った!」なんてことがいくつもあって、案外身近な人のことを知らないんだなぁと実感。
飲んだ後は、酔い覚ましを兼ねて外のベンチで話しました。
私はサシ飲みの相手のことをしっかり者で頼りになる存在だと思っていますが、本人は全然そんなことないよ、と話します。
そして、弱い部分を語ってくれました。
誰かに自分の弱い部分を見せるのは、とても勇気が必要だと思います。
たとえ相手が気心知れた人であっても。いや、むしろ気心の知れた人だからこそ、見せたくない、知られたくないと思う部分があるのかもしれません。
ですが、私はその人が弱い部分を見せてくれたのを嬉しく思いました。
人は誰しも、弱い部分を持ち合わせています。もちろん私もです。弱いところだらけです。
ですが、私にとっての弱さは誰かにとっての強さになるかも知れないなと思うときもあります。
パズルみたいに、凸凹がお互いのためになることを実感できればもっと楽になれるのかなぁとセンチメンタルになったり。
夜ってそういうものですよね笑
そんなセンチメンタルな夜なので、今日は私の好きな本の一節を紹介して終わりにします。
「たとえ大切な人がどれだけ優しかったとしても、きっと自分のいる時だけ何かを我慢して、やらないようにしたり言わないようにしてくれていることがある。
だから優しい人なのだけど、そしてそんな人の本音を引き出せない自分も悪いのだけど、その優しさに何度も救われていることは忘れたくない。」